元気な闘病記: 2011年2月アーカイブ

またまた出血

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 一昨日の真夜中、1時ぐらいだったと思います。熟睡していたのですが突然咳き

込んでしまい目が覚めました。でも今日はいつもの咳きとはちょっと違って何か咳

きと一緒にででいる感じがしまた。その内気管にも何かが流れているような感じ

したので。ティシュに吐き出してみると真っ赤な血でした。

 

 これはやばいと思い妻に何かあったらすぐに救急車を呼ぶように話して洗面所

で5分ぐらい咳きとともに次から次へとでる血と格闘していました。しばらくすると咳

きも血も落ち着いてきたのでその場でうずくまっていました。肺の痛みはない、呼

吸もできてる。まだ大丈夫。

 

 翌日の朝すぐに主治医の先生に電話したのですがつながらない。1時間後にも

一度電話しても病院内にいないようでつながらりませんでした。体調も落ち着い

いたので今日診察に行くのをあきらめて午後もう一度連絡してみようと思い午

中はベッドで寝ていました。

 

 午後の3時になりもう一度電話をすると先生につながり事情を話すとすぐに以前

通院していた県立のがんセンターに行くように言われました。大丈夫と思っていた

のでちょっと心配になり入院も覚悟して病院に向かいました。

 

 主治医の先生から県立がんセンターの先生に電話で詳細の情報が連絡されて

いて血液検査、肺のレントゲン写真、肺のCTとすぐに検査を受ける事ができまし

た。診察の時に、やはり予想どおり気管のそばの腫瘍から出血したのだろうとい

うことになりました。

 

 肺の腫瘍からの出血はこれで2回目です。もし今回、すぐに止まらなければ気管

詰まり呼吸ができなくなる可能性があったと言われました。

 

 これからの治療や生活を改めて考えていかないと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 先週の月曜日が月1回の診察日でした。毎回血液検査、尿検査、肩と肺のレン

トゲンそしてゾメタの点滴をしています。先週もいつも通りの検査をして診察を

受けたのですが、先生が肺のレントゲン写真を見ながら説明をしてくださってい

る時に妙な事に気が付きました。

 

 肺の腫瘍は大きいものが3つあったのですが、今先生が指している場所は以前

とは違うような気がしてなりませんでした。帰りの電車の中でもその事が気になっ

て気になってしょうがなかったので、家に着くと早々以前撮ったレントゲン写真を捜

しました。

 

 CTの写真はすぐに見つかったのですがレントゲン写真はこんな時にがぎってな

かなか見つけるできませんでした。ようやく1枚のレントゲン写真を見つける事がで

きたので診察の時に見たレントゲン写真を思い出してみるとやはり違っていまし

た。 今回見つけた写真は2010年3月8日に撮影したものでしたが、その時一番

大きい腫瘍は横隔膜のすぐ上の辺りに3つありましたが、今回の撮影では中心の

辺りに2つありました。

 

 これは最初にできた腫瘍より後からできた腫瘍の方が成長が早い事を意味して

いるのでしょうか??? また別の考え方をすれば最初にできた腫瘍はほとんど成

長していないと考える事もできると思います。私は最初にできた腫瘍がどんどん大

きくなるものだと思い込んでいました。

 

 

 

 

 

 

 天気予報では、雪をかなり降ると言っていたので、とても心配していたのですが

私の住んでいる所ではそれほど積りませんでした。道路はノーマルタイヤで問題

なく走行できる状態でした。

 

 昨年末から病気の治療の事を暇があると調べているのですが、凍結療法ととも

にもう一つ気になっている治療法があります。それは、私か昨年肩の骨転移種に

対して治療した血管塞栓術です。肩の腫瘍はその後成長している様子はないの

で、この治療は私の病気に対してとても有効なのではないかと思っています。

 

 血管塞栓術で腫瘍の成長をもし抑えることができるのなら、肺の転移種に対し

ても血管塞栓術ができるのではないかと考えています。医療の知識のない素人考

ですが腫瘍は血管から栄養をもらって大きくなるのならその血管を止めてしまえ

ば腫瘍の成長が遅れると思います。

 

 肺の転移腫瘍に対してはできないのでしょうか?

 

 その事をネットで調べていると奥野哲治先生の名前を見つけることができまし

た。どこかで聞き覚えがある名前だと思い記憶をたどると、20年ぐらい前に私の

父が悪性リンパ種で病院にかかっていた時の主治医の先生であることを思いだし

ました。

 

 奥野先生は、当時副医院長だった先生がCT画像から腫瘍をみつけられなかっ

たのを見つけてくださった先生で、先生のおかげで当時大学病院を紹介して頂

き、あと余命半年と言われていた父はその後3年ぐらい生きている事ができまし

た。あの時、腫瘍を見つけて頂けなければ本当に半年の命だったと思います。

 

  自分の治療を調べていて最後にたどり着いたのが、父の主治医の先生だった

ことにとても不思議で深い縁を感じます。

 

 現在は奥野先生は、横浜でクリニカETと言う病院を開業されていて血管内治療

を専門に治療をされているようです。

 http://clinica-et.com/index.html

 

 奥野哲治先生ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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